تسجيل الدخولローザリー
自分がどこへ向かって車を走らせているのか、もう分からなかった。 流れていく景色は涙でぼやけ、何度拭っても視界は晴れない。 三年。 丸三年もの間、私はアッシャーにすべてを捧げてきた。 群れの資金繰りが苦しくなれば帳簿を整理し、他の群れが取引を拒めば、侮辱されながらも私が交渉に出向いた。 「アルファには向いていない。」 そんな陰口を叩かれ続けた彼の隣で、私は誰よりも彼を信じ続けた。 毎日食事を作り、帰りを待ち、愛して、支えてきた。 それなのに今日――。 彼は私の親友と同じベッドにいた。 ハンナ。 私がシャドウファング・パックへ来た日から、ずっとそばにいてくれた唯一の友達。 人間だからと馬鹿にされるたび、真っ先に怒ってくれた人。 そんな彼女が、私の運命の番を奪っていた。 乾いた笑いが漏れる。 ……本当に、私は馬鹿だった。 頬を伝いそうになる涙を乱暴に拭う。 いや。 むしろ感謝するべきなのかもしれない。 あんな最低な二人なら、お似合いだ。 ハンナがあの写真を送りつけてこなければ。 陰で私を笑っていなければ。 私はきっと、もっと長い間騙され続けていた。 そう考えれば、彼女は私を救ってくれたとも言える。 私は平気なふりをした。 傷ついていないふりをした。 何とも思っていないふりをした。 でも、それは全部嘘だった。 唇を強く噛み締める。 鉄の味が口の中に広がる頃には、涙はもう止まらなかった。 頭の中では、アッシャーの声だけが何度も繰り返される。 『お前は惨めな人間だ。』 『アルファがお前なんか欲しがるわけがない。』 『オメガですら、お前の匂いには欲情しないだろう。』 ……うるさい。 忘れようとしても、耳から離れてくれない。 人間だからと見下されることには慣れているつもりだった。 だけど。 その言葉を運命の番に突きつけられるのは、こんなにも苦しい。 結局私は何をしても、人間でしかない。 誰にも求められない。 誰にも選ばれない。 番としてさえ価値がない。 気づけば、ハンドルを握る指先は白くなるほど力が入っていた。 そして車は、一軒のバーの前で静かに止まる。 《ノクターン》。 街でもっとも格式の高いバー。 権力を持つアルファたちが、一夜限りの相手を求めて訪れる場所。 一夜限り。 名前も聞かない。 後腐れもない。 今の私には、それで十分だった。 アッシャーに縋るつもりなんてない。 彼が私を望まないなら―― 他の誰かが望めばいい。 それを証明してやる。 車を降りると、胸の鼓動が嫌というほど大きく響いた。 こんな場所へ来たのは初めてだった。 真面目な女性は来ない。 ましてやルナならなおさら。 でも、いい子でいたところで何が残った? 裏切りだけ。 バッグを握り直し、店の扉を押し開ける。 爆音の音楽が耳を震わせた。 濃い酒の香り。 無数の狼たちが放つフェロモン。 熱気を帯びた空気が全身を包み込む。 ここでは誰も私を知らない。 私はアッシャーの番でもなければ、シャドウファング・パックのルナでもない。 ただの、一人の女。 私は真っ直ぐカウンターへ向かった。 「強いお酒をください。」 バーテンダーが少し驚いたように眉を上げる。 「本当に?」 私はぎこちなく笑った。 「ええ。今日は、お祝いだから。」 浮気した番。 偽りだった親友。 そして壊れた絆。 全部まとめて、お祝いしてあげる。 「一人?」 低く落ち着いた声が横から聞こえた。 振り向くと、一人のアルファが立っていた。 ゆるく巻いた黒髪。 精悍な顔立ち。 鍛えられた体つき。 飛び抜けて目立つほどではないが、十分に魅力的な男だった。 「隣、座ってもいい?」 私は少し迷ってから頷く。 「……ええ。」 彼は笑みを浮かべた。 「俺は――」 「ここでは名前は聞かないんじゃないの?」 言葉を遮る。 名前なんていらない。 関係もいらない。 欲しいのは、一夜だけ。 男は面白そうに笑った。 「なるほど。話が早い。」 そう言って、私の手に自分の手を重ねる。 「俺と一晩過ごさない?」 背筋にぞくりとしたものが走った。 私はそっと手を引き、一気にグラスを空ける。 ……違う。 何かが違う。 「ごめんなさい。やっぱりやめる。」 席を立とうとした、その瞬間。 ぐいっと腕を掴まれた。 「今のほうが都合がいい。」 振りほどこうとしても、びくともしない。 「離して……!」 男の手に力がこもる。 その時だった。 「――その子から手を離せ。」 低く、よく通る声が背後から響いた。 男は苛立ったように振り返る。 「誰だ、お前――」 その表情が、一瞬で凍りついた。 掴んでいた私の腕を慌てて放す。 「……悪かった。あんたたちの相手だとは知らなかった。」 私はゆっくりと振り返る。 そして―― 息を呑んだ。 銀色の髪。 月明かりのように澄んだ琥珀色の瞳。 首筋を這う黒いタトゥー。 その危うい美しさに、一瞬で視線を奪われる。 ……綺麗。 息が止まるほど。 こんなアルファ、見たことがない。 「そんなに見つめて、もう満足した?」 銀髪の男は口元をわずかに緩めた。 「……シャツでも脱げば、もっと見やすいか?」 思わず頬が熱くなる。 私は慌てて視線を逸らした。 「見たければ好きなだけ見ればいい。触れたければ、それも構わない。」 軽口のはずなのに、不思議と嫌味には聞こえなかった。 「……こっちへ来い。」 彼が視線を向けた先には、さらに三人のアルファがいた。 誰もが息を呑むほど整った容姿。 黒髪に黄金の瞳を持つ男は、ワイングラスを揺らしながら静かにこちらを眺めている。 眼鏡を掛けた茶髪の男は穏やかに微笑んでいたが、その笑みの奥には底知れない危うさがあった。 そして灰色がかった金髪の男は、一言も発さず私だけを見つめている。 四人。 知らないアルファが四人。 危険だ。 本能がそう告げている。 引き返すなら今だった。 けれど―― 『アルファがお前なんか欲しがるわけがない。』 アッシャーの声が頭の中によみがえる。 私は拳を握りしめた。 だったら証明してみせる。 一人じゃ足りないなら――四人でも。 私は何も言わず、小さく頷いた。 銀髪の男は満足そうに笑う。 「いい子だ。」 ***** 気づけば私は、四人とともに高級車の後部座席へ乗り込んでいた。 車内は驚くほど広い。 それなのに四人はわざわざ私の隣へ座り、逃げ道を塞ぐように囲んでくる。 誰の肩が触れたのかも分からない。 ほんの少し腕が重なるだけで、胸が落ち着かなくなる。 「緊張してる?」 耳元で低い声が囁いた。 私は小さく肩を震わせる。 「……少しだけ。」 「可愛い反応。」 銀髪の男がくすりと笑う。 向かいに座っていた黒髪のアルファが、ゆっくりと私へ身を寄せた。 「無理はしなくていい。」 落ち着いた声だった。 その一言だけで、不思議と張りつめていた肩の力が抜ける。 彼は私の顎へそっと指を添えた。 「嫌なら、今ここで降ろす。」 私は彼を見つめ返す。 帰る? アッシャーのところへ? そんな選択肢は、もうどこにもなかった。 私はゆっくりと首を横へ振る。 黒髪のアルファは静かに微笑み、そのまま優しく唇を重ねた。 一瞬だけ。 触れるほどの短い口づけ。 けれど胸の奥まで熱が広がっていく。 「……甘い。」 誰かが小さく笑う。 「焦るな。」 銀髪の男が隣のアルファを制した。 「ホテルまでは我慢だ。」 その言葉に、車内へ小さな笑いが広がる。 私は顔を真っ赤にしたまま窓の外を見つめた。 こんなの、おかしい。 出会ったばかりなのに。 どうしてこんなにも心臓が速くなるの。 やがて車は静かにホテルの裏口へ滑り込んだ。 誰にも見られないように案内され、そのまま最上階のスイートルームへ向かう。 部屋へ入った途端、ドアが静かに閉まる。 振り返ると、四人のアルファが私を囲んでいた。 誰も急かさない。 誰も無理には触れない。 ただ四対の視線だけが、まっすぐ私へ向けられている。 銀髪の男が口を開いた。 「さて、お姫様。」 「俺たち全員か――それとも、一人ずつがいい?」 息が止まる。 四人とも、本気だった。 逃げるなら今。 そう思うのに、足は一歩も動かない。 私は小さく息を吸い込み、震える声で答えた。 「……一緒に。」ローザリー自分がどこへ向かって車を走らせているのか、もう分からなかった。流れていく景色は涙でぼやけ、何度拭っても視界は晴れない。三年。丸三年もの間、私はアッシャーにすべてを捧げてきた。群れの資金繰りが苦しくなれば帳簿を整理し、他の群れが取引を拒めば、侮辱されながらも私が交渉に出向いた。「アルファには向いていない。」そんな陰口を叩かれ続けた彼の隣で、私は誰よりも彼を信じ続けた。毎日食事を作り、帰りを待ち、愛して、支えてきた。それなのに今日――。彼は私の親友と同じベッドにいた。ハンナ。私がシャドウファング・パックへ来た日から、ずっとそばにいてくれた唯一の友達。人間だからと馬鹿にされるたび、真っ先に怒ってくれた人。そんな彼女が、私の運命の番を奪っていた。乾いた笑いが漏れる。……本当に、私は馬鹿だった。頬を伝いそうになる涙を乱暴に拭う。いや。むしろ感謝するべきなのかもしれない。あんな最低な二人なら、お似合いだ。ハンナがあの写真を送りつけてこなければ。陰で私を笑っていなければ。私はきっと、もっと長い間騙され続けていた。そう考えれば、彼女は私を救ってくれたとも言える。私は平気なふりをした。傷ついていないふりをした。何とも思っていないふりをした。でも、それは全部嘘だった。唇を強く噛み締める。鉄の味が口の中に広がる頃には、涙はもう止まらなかった。頭の中では、アッシャーの声だけが何度も繰り返される。『お前は惨めな人間だ。』『アルファがお前なんか欲しがるわけがない。』『オメガですら、お前の匂いには欲情しないだろう。』……うるさい。忘れようとしても、耳から離れてくれない。人間だからと見下されることには慣れているつもりだった。だけど。その言葉を運命の番に突きつけられるのは、こんなにも苦しい。結局私は何をしても、人間でしかない。誰にも求められない。誰にも選ばれない。番としてさえ価値がない。気づけば、ハンドルを握る指先は白くなるほど力が入っていた。そして車は、一軒のバーの前で静かに止まる。《ノクターン》。街でもっとも格式の高いバー。権力を持つアルファたちが、一夜限りの相手を求めて訪れる場所。一夜限り。名前も聞かない。後腐れもない。今の私には、それで十分だった。アッシャーに縋るつもりなんて
ローザリー「……アッシャー・ウェストウッド。あなたを拒絶します。」思っていた以上に、私の声は落ち着いていた。部屋に重苦しい沈黙が落ちる。返事はない。私は拳を握り締めたまま、裸でハンナを抱いている運命の番を見つめた。彼は慌ててあの女の体を隠そうとしている。「アッシャー。あなたを拒絶します。」もう一度告げると、彼はようやく鋭い視線を向けてきた。「くだらないことを言うな、ローズ。どうして勝手に俺の執務室へ入った?」「くだらなくなんかない。私の拒絶を受け入れて。」彼は舌打ちしながらベッドを降り、シャツのボタンを留め始める。このベッドを執務室に置いたのは去年だった。仕事が忙しくて、そのままここで寝ることもあるから――そう言っていた。でも今となっては、そのベッドで何人もの女と寝ていたのだと思うだけで吐き気が込み上げる。最低。「何度も言ったはずだ。勝手に入るな。この部屋には重要な書類がある。夕食はベータに預ければいい。用は済んだ。帰れ。」私は皮肉っぽく笑った。「ええ、本当に大事なことをしていたみたいね。」「くそっ、ローズ! いい加減にしろ。嫉妬で騒ぐな。ハンナは体調が悪かった。俺は看病していただけだ。」現場を見られておきながら、まだ平然と嘘をつけるなんて。「ベッドの上で、ずいぶん熱心に看病していたのね。どんな病気なら、体を重ねる必要があるの? それとも二人そろって発情期だった?」「ローズ!!」アッシャーは怒鳴り、近くにあった花瓶を私へ投げつけた。とっさに身をかわしたものの、花瓶は腕をかすめ、鋭い痛みとともに血が流れ出す。思わず息を呑む。それでも顔は上げたまま、痛みに屈した姿だけは見せなかった。狼にとって発情を制御できないのは未熟な証。私の言葉は、彼のプライドを深く傷つけたのだろう。「ローズ……お願い。アルファと喧嘩しないで。」ハンナは涙を浮かべ、私の前に跪いた。「全部私が悪いの。私の匂いに惑わされただけなの。それに私たち、薬まで盛られていて……これは事故だったの。お願い、アルファを責めないで。」私は歯を食いしばり、その腹を蹴り飛ばした。「芝居はやめて、ハンナ。」「何をする!」アッシャーは私を乱暴に突き飛ばし、ハンナを抱き寄せる。「彼女は親友だろう!? それなのに、その程度のことで嫉妬するのか!」親友。そう







